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2004年10月10日
映画 『銃をとらない人々』
「冬ソナ」ではわからない、もう一つの韓国の素顔
今年の夏は忙しかった。忙しいなかで、何本か映画を観る機会を得た。専用シアターで観たものは少なく、自主上映や集会とセットの上映会などいろいろであるが、いずれも力作であった。
一番のお勧めは、やはり『銃をとらない人々』だ。韓国の「良心的兵役拒否者」をあつかったドキュメンタリー。8月の中旬から下旬にかけて、韓国で兵役拒否を宣言している若者(イ・ヨンソク君・学生)が日本を訪れ、「自由学校」のマネジメントで各地で市民との交流の行脚を行った。この映画はその交流の場で上映されたもので、私は最終行程となった京都の集会(8/29)で観た。
韓国では、建国以来、約50年間で1万人を越える人々が徴兵を拒否し、牢獄につながれたという。しかし、あれほど激しい民主化闘争を経た韓国社会でありながらも、民主派ですらこの問題はタブー視していたという。
カメラは、一人の仏教青年の「兵役拒否宣言」とその波紋を丁寧に追う。韓国社会の見えなかった部分を浮かび上がる。「せっかくここまで育てたのに、なんていうことを」と落胆して泣き崩れる母親。母をいたわりながらも「自分の人生は自分で決めたい」と語る青年。
実は、仏教徒の兵役拒否はこの青年がはじめてなのだ。これまで1万人以上を越える拒否者=投獄者のほとんどは「エホバの証人」の信者たちだった。兵役拒否者への「非国民視」と、エホバの証人への韓国社会の「偏見」が重なるところに、この問題の二重の複雑さがある。
映画は、親子3代に渡って投獄された家族、兄弟4人が全員投獄された家族、3回・7年8ヶ月も投獄された者らに心中を語らせる。すべて「エホバの証人」の信者である。しかしその物腰はいちようにみな柔らかい。そこには「闘士」はいない。
この映画のすごいところは、このカメラマン(監督)自身が、エホバへの「偏見」に揺れている自分を隠していないところにある。さらに、「みんなが国防の義務を果たさなければ、いったい誰がこの国を護るのか?」という批判派の言動も、拒否者のそれと同じように、丁寧に映像に収めているところだ。単なるプロパガンダ映画を拒否した作りが、この問題の深刻さを、より鮮やかにプロパガンダしている。
■『銃をとらない人々』(監督:キム・ファンテ、約60分)
企画:良心による兵役拒否実現と、振替服務制度改善のための全国連帯会議
製作:ドキュイヤギ
投稿者 mamoru : 2004年10月10日 20:37
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コメント
この映画を観た数日後、日本のマスコミで、韓国プロ野球の選手が兵役を回避するために「逆ドーピング」などの「不正」を働いていたことが、一斉に報じられた。プロ野球選手だけではなく、芸能人や資産家の息子もそこの含まれているという。
この映画の中では良心的兵役拒否者が「わたしたちは利己心から拒否をしているのではない。自分の信念に基づいての行動なのだ」とくり返し語っている。気になったので、質問タイムに「利己心から兵役を拒否している人をどう思うか」と質してみた。するとイ・ヨンソク君は「利己心から兵役を拒否する人はいません。なぜなら、拒否したら獄に繋がれるからです」と答えてくれた。しかし、その時点ですでに「利己心」から兵役を忌避する人は沢山いたのである。
私は、軍隊に入りたくないという気持に「利己心」も「良心」もないと思う。韓国で「平和」のために兵役を拒否した若者たちが、プロ野球選手や芸能人などの徴兵世代と一緒に、兵役拒否の運動を進めてくれることを、願っている。
投稿者 発信人 : 2004年10月11日 00:53