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2012年12月24日

 ■ 同志への手紙/今年、最も影響を受けた2冊の本

同志のみなさんへ

 今年もあと一週間となりました。みなさん、年の瀬をいかがお過ごしですか。今年も色々ありましたが、私にとっては(おそらく同志のみなさんにとっても)一番の大きな出来事は政治グループ「蒼生」の解散(8月)ではないでしょうか。

 勤続40年。もうすぐ「円満退社」かなぁ、と思っていた時の「解散」でした。「誓約者集団」から「解放」された後は、脱原発運動と「緑の党」への(細々とした)関わりを除いて、あとは静かに余生を送っているところです。

 さて、今年を振り返って、今年読んだ数少ない本の中から、最も影響を受け、多くの人に読んでもらいたいた本を2冊紹介させてもらいます。

1)『日本人は何を考えてきたか』(NHK出版)

(2)『フクシマ以後―エネルギー・通貨・主権』(関曠野、青土社)

 (1)の書は、「デモとデモクラシー」というテーマを深め、さらに日本民衆運動の中に「緑」の思想を発見していく作業に欠かせない視点を提供してくれています。

 この本はNHKの同名のテレビ番組を本にしたものですが、私はこの番組をたまたま見ていました。俳優の菅原文太さんが、福島県浪江町で大和田秀文さん(長いあいだ脱原発運動を担ってこられ)という人を訊ねるシーンがあるのですが、その大和田さんの先祖が、実は福島の自由民権運動のリーダー苅宿仲衛だというのを知った時は、衝撃でした。

 私は、数年前から、日本の近代を総括する時、明治維新で誕生した薩長政府が採った路線とは違う、もう一つ別の「日本の近代化」が可能だった、と考てきました。その可能性を会津藩(幕府内「一会桑政権」)、戊辰戦争の「賊軍」奥羽越列藩同盟、そして、東北の地からの「自由民権運動」という系譜で探っていたのですが、福島原発事故という新しい状況の中で、NHKがすばやく、私とほぼ同じ視点で、日本の近代化を相対化するすぐれた番組を作りあげてしまったことに驚嘆しました。

★参考
 NHK・Eテレ「日本人は何をかんがえてきたか」
 2013年1月から「昭和編」が始まるのを機会に、正月早々「明治編」「大正編」 の再放送があります。
 http://www.nhk.or.jp/nihonjin/index.html 

 そして、この番組(本)に触発されて、私は、この番組の中でも紹介されている30年前のNHK大河ドラマ「獅子の時代」のDVD、14巻・53話を全部みてしまいました(8月、9月、10月)。

 さらに、偶然が続くのですが、私がこの「獅子の時代」を見ている時に本屋でたまたま『新しい左翼入門』(松尾匡、講談社新書)という本を立ち読みしていたら、なんとこの本のネタになっているのが「獅子の時代」ではありませんか。

 どういうことかと言うと、明治以降の日本の民衆運動の歴史を、政府の側に参加して善政を実現しようという道(「獅子の時代」の薩摩藩士・苅谷嘉顕<加藤剛>の立場)と、悪政に現場から抵抗し続ける道(会津藩士・平沼銑次<菅原文太>の立場)の相剋として描き、その対立をどう超えていくのか、というテーマ設定です。

 脱原発のデモと議会制の関係が話題になっていたこの夏に出版され、しかも福島に関係することもあり、結構売れているようです。(念のために言っておくとこの本には「新左翼」の総括は出てきません)

 ここでちょっと脇道にそれますが、松尾匡さんについてひとこと。 

 松尾さんは「左」の人で「理論経済学」が専門のようですが、日本の既成左翼、新左翼とは異なり、かなり柔軟な人のようです。今話題の「アベノミクス」に対しても、本来、左翼が主張すべき内容である、という立場です。なるほどクルーグマンや、ステグリッツも日本のデフレ対策として「財政出動」と「金融緩和」を主張していましたね。

 さらに、アメリカのリベラルだけではなく、欧州社会党や欧州左翼(共産党、新左翼くむむ)も「質の高い完全雇用の実現」をかかげ、そのために「欧州中央銀行を民主的にコントロール」して「金融緩和を実現させよ」という立場のようです。(松尾匡『不況は人災です!』筑摩書房を参照)

 「中央銀行の独立性」などという幻想は、欧州の左翼、民衆運動には無縁だということがよく分かりました。そう言えば、ユーチューブで見たアメリカのオキュパイ参加者が「FRBを解体せよ!」と叫んでいましたが、日本の民衆運動は、まだ「日銀を解体せよ」には至っていませんね。

★参考
  松尾匡のページ
  12年11月24日 欧州左翼はこんなに「金融右翼」だぞ~(笑)
  http://matsuo-tadasu.ptu.jp/essay__121124.html

 話を本筋に戻します。来年のNHKの大河は「八重の桜」です。明治維新を敗者(会津)の側から描くのは「獅子の時代」以来じゃないでしょうか。本屋には、新島八重モノであふれています。総選挙で「維新の会」が大幅に議席を増加させた要因の一つに、日本人の中に「明治維新」(薩長政府に対する)をプラス価値として評価する歴史観が色濃くあることが指摘できます。「八重の桜」がヒットして、このあやまった歴史観が相対化されよう期待しています。


(2)『フクシマ以後―エネルギー・通貨・主権』(関曠野、青土社)

 この本は、先ほど取りあげた「アベノミクス」を擁護するのではなく、これを根底的に粉砕する理論的視点が得られる貴重な本です。低成長の時代のマクロ経済のあり方を、英国のC・H・ダクラス(1879~1952)の「社会信用論」を援用しながら「政府通貨」(地域通貨)「国民配当」(ベーシンクインカム)「公正価格」(中小零細、自営業者への所得保障)の3大話としてまとめています。

 「脱成長」の社会を展望するなら「中央銀行」や「銀行券」や「租税国家」という経済成長の時代に固有のシステムを脱ぎ捨てなければならない、というわけです。こうした視点からは、800兆円と言われる日本国の借金(国債)など踏み倒してしまっても誰も困らないことになります。

 このダクラスの理論、学的世界でどう評価されているか分かりませんが、私は、もっと左翼・脱成長派が取り入れるべきと思います。私も最初は「トンデモ論?」と思いましたが、今は、マルクスの理論が恐慌の中に革命を見る経済学であるのに対して、ケインズの理論は、恐慌の中に新しい成長へのトバ口をみる経済学、この両者に対してダグラスの理論は、成長が終わった段階で(あるいは、終わらせるために)環境と経済の循環を可能にする経済学、というふうに理解しています。

 安倍と自民党が先祖帰りして、新自由主義者にとっては本来は敵であるはずの「新しいケインズ主義」の政策を大胆に実施しようという時代です。敵も必死なのです。しかし策がないのです。

 成長の終わった世界の変化に逆らって、無理に無理を重ねて成長を追い求めて、結果的にハードランデングして社会を壊してしまうことを、私は最も恐れます。その前に、脱成長の社会に合わせて、社会全体をソフトランデングさせていくシステムの構築が必要です。ダグラスの「社会信用論」はその指針と成りうると思うのですが、いかがでしょうか。

★参考
  C・Hダグラスの「社会信用倫」や関曠野さんの講演録を下記の
  「ベーシックインカム・実演を探る会」のサイトで読めます。
   http://bijp.net/

 上記の本と同様に、金融危機・恐慌の中に新しい社会の始まりを見る、という立場から書かれた関連本をいくつか紹介しておきます。まだ読了前のもありますが(^^;)

『通貨進化論―「成長なき時代」の通貨システム』(岩村充、新潮選書)
  「銀行券に変わるものを作れ」と主張。
   著者は元日銀マンだから説得力有りすぎ。

『「通貨」はこれからどうなるか』(浜矩子、PHP新書)
  基軸通貨は無くなって通貨の多様化、地域通貨の時代がくる。

『資本主義の「終わりの始まり」―ギリシャ、イタリアで起きていること』
                        (藤原章生、新潮選書)
  効率性に無頓着なギリシャ社会に「資本主義」を越える扉をみる。
  あとがきで岩村充の『通貨進化論』を高く評価。

『アイスランドからの警告―国家破綻の現実』(アウスゲイル・ジョウンソン、新泉社)
  アイスランド市民は大手バンクの救済も、国家債務返済も拒否して破綻を選択。
  しかし、銀行システムを失った代わりに「幸せ」を手に入れた。

『<借金人間>製造工場―負債の政治経済学』(マウリツィオ・ラッツート、作品社)
  金融資本主義の本質は、負債によって国家と民衆を支配・管理するシステムである


 以上、長々と書いてしまいました。来年のことについても(参院選や緑のこと)少しはふれておかねければなりませんが、それは、またの機会にしましょう。

 こらから猛烈な寒波が日本を襲うとか。ホワイトクリスマスになるのかな。
 また、ノロウイルスが猛威をふるっているようですが、みなさん、お体をお大事に。
 それじゃ、また。

投稿者 mamoru : 2012年12月24日 10:14

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