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2007年03月22日

 ■ 【映評】リトル・ダンサー/階級社会の牢固な規範に挑む

 泣けました。

 イギリスの炭坑の街が舞台。炭住に家族とすむビリー少年がバレエ目覚め、紆余曲折を経て、ロイヤル・バレイ学校に入学し、最後はロンドンの名劇場で主客を演じる話し。

 最初はバレエに反対していた父親が、ビリーのバレエ学校受験費用を捻出するために、スト破りをする場面。ピケ隊の側には長男のトニーが…。その前を父親がバスに乗って門の中へ。それを追ってトニーも中へ。

 「われわれ(炭坑夫)に未来はあるか?
  あの子には未来があるんだ!」(父)

 「お金は、スト破りしなくても作れる
   そのために仲間がいる」(トニー)

 正義はトニーにも父親にもあり…。
 あぁこの無情…。
 ウルウルでした。

 イギリス社会は日本では想像もできないような「階級社会」です。労働者階級(ワーキングクラス)の出身の子供は、ほとんど労働者になります。その上のミドルクラスの子供もほとんどミドルクラスになります。最上級のアッパークラス(貴族)もそうです。

 ついこの前(1988年)までは、義務教育のプライマリー・スクールの最終学年段階(11歳)で進路が分かれました。エリート養成のグラマー・スクール、技術系のテクニカル・スクール、就職組みのセカンダリー・モダン・スクールの3つです。

 今は、セカンダリー・モダン・スクールの多くがコンプリヘンシブ・スクール(統合制中学校)に衣替えしていますが、その中での学校の序列化、ランク付けが進んでいるので、階級・階層の再生産としての機能は、しっかり受け継がれています。

 だから、一代で階級脱出をすることは至難なことなのです。その代わり、ワーキングクラスは、自分たちの階級に誇りを持っています。ビートルズもベッカムも「ワーキングクラス」に属していることを誇りにしています。

 『リトル・ダンサー』は、このイギリス階級社会の牢固な規範に挑んだ作品と言えるのではないだろうか。決して上昇志向を賛美しているのではない。個人の職業選択の自由を、旧来型の階級社会に対置している、と見ました。

 この前見た『ブラス』も炭坑の街のブラスバンドの話しでした。ここにも閉山に反対するストライキが重低音として流れていました。経営側ではたらく女性に恋をして悩む若い組合員の姿なんて、日本では、映画になりようがないですよね。それだけ、
イギリスでは、労働者文化が、労働組合の存在とともに、大きな位置を占めているってことなんでしう。

 もっとも、その労働者文化が、サッチャーの新自由主義改革によって、さらにブレアの「第三の道」(中心は教育改革)によって階級脱出が奨励された結果、かなり、弱体化させられたのは、良かったのか、悪かったのか、評価が難しいところです。

投稿者 mamoru : 2007年03月22日 21:29

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