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2009年02月15日

 ■ 「労働」と「所得」の分離ということ

 子どもの頃から就きたい職業というものがなかった。実家が農家だったので、それだけは勘弁して、と言う気持はあったが、積極的にやりたい仕事というものは思い浮かばなかった。それは五四歳になる今でもまったく変わらない。
 地方の公立高校を卒業して京都に出てきてから三六年余。その間いろいろな仕事に就いた。西陣織ネクタイの営業、分析機器メーカーの溶接工、全国チェーン店の弁当屋、請負トラックの運転手、合板の営業と配送などなど。今は小さな地域スーパーの倉庫で働いている。会社や事業所名をあげると両手に納まらず、履歴書の行が足りなくなる。要するに今で言うフリーター、プレカリアートの走りなのである。
 決して意識してそういう職歴を重ねてきたわけではない。単に縁や偶然が重なっただけの話しだが、さりとて、特定の職業・職種に就くために集中して努力を重ねた、という経験もない。怠惰な性格と言えばそれまでだが、働くことに関して昔からが抱いてきた一つの疑問があったからだ。
 それは「なぜ労働と所得は結びつけて考えなければならないのか」という疑問だ。逆に言えば、労働と所得を結びつけることへのアンチの気持が強くあった。
 学校では職業に貴賎はない、と教えられた。しかし現実には職業、職種ごとに報酬が違う。もちろん報酬の多寡と職業の貴賎という尺度は位相が違う。しかし両者は大ざっぱに見れば重なるだろう。だからこの社会には、特定の報酬・所得と連動した職業の位階システムが存在し、それに就くための選抜システムとしての学校が存在する。
 私の疑問や気持とは裏腹に、世間では職業や職種ごとに報酬が異なることは「自明の理」だ。だって、何年も難しい勉強をしてきた弁護士さんやお医者さんと、コンビニでレジを打つアルバイト高校生の「時給」が同じではおかしいでしょ、というわけだ。
 ここでは仕事の内容の違い、つまりその仕事に必要な技術や知識を得るために投入された労力の総量の違いが報酬の違いとして理解され説明される。そこから高い賃金を得たければ自分の努力でスキルアップをして、より上位の職業・職種に就くことが奨励される。もっとも昨今は、その機会がロストゼネレーションの若者に閉ざされていることが「格差社会」として指弾されているが。
 人それぞれに能力の違いというのはある。そのことを否定しない。生まれ持った能力をベースにして、それに磨きをかけ訓練した後でも労働力能には差がある。当然、労働の成果においても違いは出てくる。
 しかし、そのことを全部認めてもなお、なぜ労働力能や成果の違いを「給与」「お金」として表さなければならないのか、その点の説明は空白のままだ。
 最近ではその人が保持する労働力能への評価ではなく「職務」へと評価の対象をシフトさせ、その公正な評価を通じて、雇用形態の違いを理由とした賃金格差を是正させようという運動が活発だ。同じ価値の労働には同じ賃金を、というわけだ。
 だが「職務」の内容を公正に評価するシステムが出来たとしても、「低い評価」しか受けられない職務が無くなるわけではない。いや「低く評価される職務」があってもいい。逆に「高く評価される職務」もあってもいい。大切なことは、職務(労働)の「評価」を「給与」で表す必要性も必然性も、本当のところは無いということだ。
 「給与」や「所得」は、その人の暮らし・生活の必要性から導きだされるべきものだ。そのことと、その人がどのような労働(職務)を為しているかは全く別の問題だ。
 これは私のオリジナルな考えではない。ルドルフ・シュタイナーも次ぎのように語っている。「所得と職業、報酬と労働が一つになってしまっていること」が現代の悲惨の原因だ。「同胞のために働くということと、ある決まった収入を得るということは、相互に完全に分離された二つのことがらである」(『エンデの遺言―根元からお金を問うこと』NHK出版)。
 ここから地域通貨やベーシックインカム(基本所得)の構想や実践が生まれた。
 世界金融危機による世界的な景気後退は、日本でも大量の失業者を生み出している。いま必要な対策は、景気浮揚による雇用の創出などというマダラッコシイ方策ではない。暮らし・生活に必要な「所得」をまずは保障することだ。一万二千円の「定額給付金」はそっちに回して欲しい。



「はなかみ通信」2009.睦月(其の25通)に掲載

投稿者 mamoru : 2009年02月15日 21:51

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